クマバチとナヨクサフジ 1〜4編(全9編)

その1、「多摩川」

「ほら!やっぱり無理じゃないか!
水の上を人間が歩けるわけないよ!パパ!、、」
「いーや!忍! 昔の忍者はこれを使って
堀の水の上を横切って渡り石垣から城に忍び込んだんだ!」
「嘘だ!、、、」
「いいか!忍!、、、
俺はこの通り太って、体重が重いので
もう無理だが、お前は20kgにも満たないほど身も軽く
幸い俺に似て運動神経が並外れて優れている!
いいか!出来る!絶対出来る!と思い込め!、、、
俺が今度新たに改良したこの特製の
「水蜘蛛」を使えば
必ず水の上を歩ける!信じることだ!、、、」
、、、、、、、
「もう疲れた!ずぶ濡れになって もうやだー!、、、」
「忍!頼む!もう1回!、、、
今度は左足が沈みそうになったら
その前に右足を挙げて前に出すんだ!
出来ると思い込め!為せばなる!、、、」

あるよく晴れた初夏の日曜日の午前中
宝来玄黒は
多摩川土手道を久しぶりに散策していた。
多摩川の土手沿いには
外来種の野草「ナヨクサフジ」が
群生している場所があって
その「ナヨクサフジ」に興味があって来ていたのだ。
「ナヨクサフジ」は「ヘアリーベッチ」と呼ばれる
マメ科の植物で欧米では牧草として良く知られ
「アクロパシー」と言われる分泌物の化学効果で
今日 雑草対策や緑肥としても利用されている。
土手に繁るこの野草を少し採取して庭で
育てたいと思って来ていたのだった。

土手道を少し歩き始めると
濃い紫色のたくさんの花々が
川風に揺れている場所を見つけ遠目にもすぐ
「ナヨクサフジ」と気付いた。
近づくと数十匹の日本ミツバチやクマバチ達が
「ナヨクサフジ」の蜜を求めて羽音高く
飛び交っている。

早速用意して持って来た濡らしたティッシュに
数本の「ナヨクサフジ」の株を包んで
ビニール袋に詰めようとした時
多摩川の浅瀬で大きな声で子供に「檄」を飛ばしている
親子の会話に玄黒は「ほー!」と思って
興味の矛先を二人の方に向けたのであった。

その2、「クマバチの奇跡!不可能を可能に!、、」

父親はおそらく40歳を幾分超えた位で
若い頃は何か腕力を使うスポーツをしていたと思われる
太ったがっしりした筋肉質の男であった。
男の子はまだ小学校1〜2年生くらいの
痩せ細った子供であったが 
先程から父親の「檄」に応えるように
何度もその「水蜘蛛」とやらの上に足を乗せて、
水の上を歩こうと苦戦しているのである。
「忍!、、いいぞ!その調子だ!
お前の名前を忍にしたのは
将来忍者になって欲しいからだ!、、
必ずお前はなれるぞ!、、」 
子供はもうすっかり嫌気がさしているのであるが
親は珍紛漢紛の訳のわからぬ言葉で応援をしきり続けているのだ!
当然のことながら人が「アメンボ」のように
あの程度の道具では水の上を歩ける訳がないから
子供は何度も倒れて川の水に浸かり
全身びしょ濡れになるだけであった。、、、

玄黒はこの親父さんの頭はどうもおかしいと
首を傾げたくなったが
大真面目で真剣に取り組んでいる姿勢が
なんとも滑稽で楽しく、叶わぬことに
「根性」で挑戦しようとする姿勢は
例え馬鹿げて見えてもそれはそれでロマンがあり
応援したくなったことも事実であった。

玄黒は「クマバチ」が頭の上で羽音高く
ホバリングし回っている中で
暫くこの二人を微笑ましく見ているうちに
ずいぶん以前のことであるが、
自分の家から近い場所に住んでいた
ある女性と「クマバチ」のことを咄嗟に思い起こして
今見ている二人の光景と重ねて併せて
いつものように感慨に耽り始めた。

クマバチは昔から「航空力学的」には
空中を飛行する他の昆虫達と比較すると
体の大きさに対し翅が極端に小さいことから
飛べるはずがないのに飛んでいる事が
科学者達の頭を悩ます謎であった。
そこで 
「クマバチは自ら根性で飛ぼうとする意志があるから
飛べるのだ」という
実しやかな都市伝説が生まれたのである。
現在は「航空力学」ではなく「流体力学」の
空気の粘性を表す「レイノルズ数」と
クマバチの複雑で高速の翅の動きが作る「前縁渦」などに
よって揚力が生まれ飛行する事が出来るという説明で
この謎が解明されているが
江戸っ子気質に惚れる単純な宝来玄黒は何故か
「どうしても飛びたいのだ!、、」という意志力が
奇跡を生んだいう話の方に
「小難しい鹿爪の真っ当な物理論より
はるかに夢とロマンがありお洒落だ!
第一に理屈で説明出来るなんぞの代物は
何につけても面白味も情もない!
御託を言わず叶わぬことに挑戦しようという意気込みこそが
男のロマンというものだ!」
と軍配を挙げたくなるのだ。

その3、「異人館とその庭」

当時その女性の家は玄黒の家から15分ほど歩いた
青梅街道に繋がる道の急坂を登り切る手前の脇道に
外れると100mほど歩いた場所にあった。
この辺りはまだ農家の畑がたくさん広がっていて
キャベツなどが育てられていた。道に沿って
何軒か民家があったが街灯も少なく
東京といっても夜間に女性が一人で歩くには
物騒なくらい人通りの少ない閑静な場所であった。

然るにその家は
道路から緩やかに1mほど小高くなった場所に建ち
まるで大正時代から昭和初期に建築されたような
若干古めかしくは見えるが趣ある
瀟洒な洋風の木造総2階建ての白い異人館で
付近の家とは隔世の感がしていた。
壁の白いペンキが所々褪せて下地が見え
屋根には赤茶色の煉瓦作りの煙突が真っ直ぐ伸び
建物の中央の広い玄関ポーチは4隅が太い柱で支えられ
その上の屋根はバルコニーのようになって
そこに出られるような小さなドアが見えた。
玄関ドアは頑丈な鉄飾りのついた
高級感あるウオルナット製のドアで
その茶褐色の進み具合から
相当な経過年数があることが推測された。
一、二階の各部屋の
青緑色の縦に長い幾つかの窓は
観音開きの木製の戸で大方が閉じられていた。
どう見ても不気味感漂う建物であったが
玄黒はたまらなく魅力を感じ惹かれていたのだ。

200坪ほどの土地の北側いっぱいに建物が立ち
家の周りと道路との境に松やツゲ
ツツジや楓が植えられているだけで
さほど高い樹木はなかった。
建物の西側の場所に比較的大きなツゲの樹があり
それに寄り添うように
高さ2mくらいで一間ほどの濃い青色に塗られた
小窓のついた古びた木製の観音開きのシックな物置が
無造作に置かれ遠目には定かでないが
地際にオモトとかヤブランの様な常緑の植物が茂っていた。
そのさりげなさが妙に異人館とマッチしてお洒落で
玄黒はこの家の主は一体どんな人物なのだろうと思っていた。

南側にひらけた陽当たりの良い庭は
波状に緩やかな傾斜がつけられ
芝生が全面に植え付けられている。
その庭を割るように玄関先の石段の場所まで
2〜3m幅の小砂利道が
カーブをつけて造られていた。
通常の家庭の庭でよく見られる
園芸品種の植物達が全く見られないことに
玄黒は尚更興味が湧いたのである。

道路に近い南隅の方に2坪ほど土が掘り起こされた場所が
少し盛り上がって過去に何かが栽培されていた
跡地のような感じであるが
春先にはタチツボスミレが花をつけたり
オオバコやスベリヒユが蔓延っていて
芝生全体から砂利道まで
よく見るとカヤツリグサがあちこちから伸びたり
ハルジオンやノボロギク他色々なキク科の植物が花をつけ
小さなハコベなどの諸々の野草達も
勝手に花をつけている。
どうみてもこの家の主がきちんと庭や芝生の手入れを
しているようには見えなかった。

さらに不思議なことに玄黒がその家の前を
通る時間帯に人が出入りする姿を見た事がなく
時々窓から漏れる光が見えるので
確かに誰かが住んでいるのだろうとは思われるが
人の気配はほぼ感じられなかった。
玄黒にはそれがかえって謎に映り惹かれたのであった。

その4、「クサフジとナヨクサフジ」

夏が近づく時期に玄黒が「おー!」と注目したのは
明治以降 日本に持ち込まれた外来種で
牧場などで飼料や緑肥作物としての利用目的で
導入されたものが野生化して
急速に日本各地で繁茂した豆科の「ナヨクサフジ」
かと思った植物が実は
日本原産の在来種「花柄が後ろに突き出ていない」
同じ豆科の「クサフジ」が花をつけていたからであった。
当時すでに見つけ難くなっていた「クサフジ」がその家では
道路際から砂利道付近まで
地面を覆うように蔓を延ばし
濃淡のある紫色の花を咲かせていたのであった。
玄黒は道路から遮る塀や囲みもなく
家から庭に至る迄全体が丸見えになって 
一見物騒に見えるこの家の佇まいを見ると
何故か心が落ち着いて
この家の前を通るのがますます楽しみになったのだ。

この家の前の道路を挟んだ反対側は
さらに広い空き地になっていてこちらの方は
「ナヨクサフジ」が繁茂していたが
一部「クサフジ」も混在し
ノゲシやドクダミなどの野草達と共に
この時期花をつけていたのでおそらく
その「クサフジ」の種がこの家に飛んだものと思われた。
しかしいづれそのうちに繁殖力の強い「ナヨクサフジ」に
駆逐され「クサフジ」は消え失せてしまうのだろうとも思った。
今から思えば秋になって許可を得て
幾分かの種を採取して戴いていたら
玄黒の庭で今でも「クサフジ」が育っていたかもしれないが、
クサフジはナヨクサフジと異なり雑草を抑制する効果
(アレロパシー;成長を抑制する物質を放出して雑草抑制)
は無いので
その頃には「花を楽しむだけなら、今でなくても
まあそのうちに!機会があるかも、、、」と
思って実行に移さなかったのである。

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