
白ヘビ

前編(全3編)
その家には近頃珍しい白ヤマブキが満開に咲いていた。
散歩の途中でちょっと足を止めた事が
宝来玄黒とその家の老女主人・中森千春と話を交わすきっかけとなった。
1mほどの低いアルミ製の茶褐色のフェンスの柵の隙間から枝が道側に飛び出して
真っ白な花を盛んにつけていた春先のことである。
玄黒は初めシロバナヤマブキかとも思ったが葉のつき方が
対生で4弁の花であることからして矢張り
絶滅危惧種となっている貴重な白ヤマブキと確信した。
そのフェンスの向こうのアジサイの樹の影で
屈み込んで夢中になって草むしりをしていた
この家の女主人である髪を短くカットした
おそらく若い頃はさぞかし美人であったであろうと
思わせる端正な顔付きで
性格がいかにも穏やかに見える白髪の老女は
怪しげな男が自分の家の庭の花や葉を手に取り
じっくり観察しているのに気がついて声をかけてきた。
「それはなんという木ですか?
死んだ主人の母親が昔植えたようですが
私が嫁に来た時にはもうすでに植えてあって
姑が亡くなる前に聞かないまま過ごしていたので
いまだに名前が分からないんです!」
「はあ!はい!、、これは「白ヤマブキ」と言って
今では絶滅危惧種になっている貴重な植物です。
自生地は日本では西国に多いので
東京で見られるのはたいそう珍しいですよ!」
玄黒は誰も居ないと思っていた家から急に声をかけられたので
戸惑いながら答えた!
「お宅は植物の先生?」
「いいえ違います!先生なんて呼ばれるほどの者ではありません!
ただ珍しい植物に興味があるだけです!」
「でも今まで誰に聞いても分からなかったので私には先生だわ!」
と老女は答える。
こんなやりとりがあってからその家の前を通って顔を合わす度に
植物の話をすることになったのであった。
20坪にも満たない老女の庭であるが
次第に懇意になって、よくよく庭を覗いてみる機会が増えると
日当たりの良い2−3坪ほどの場所は畑にして
季節ごとにスナップエンドウやミニトマトなどを栽培しているようで
老女の出来る範囲でこぢんまりと
庭の手入れをしていることが分かった。
そして玄黒の気を惹く植物が色々植えられていることにも気がついた。
中編(全3編)
ある年の春先に老女が「先週から山形に嫁いだ娘に誘われて
山菜採りに行って来たので少し持っていって!、、」と言いながら
「蕗のとう」と「コシアブラ」の入った紙袋を手渡されたので
玄黒は答える「ワー!有難うございます!山菜大好きなんです!
でも中森さんのお庭にもいっぱい山菜がありますね!
こんなにいっぱい「コゴミ」を育ているお家はありませんよ!、、」
「そうなのよ!これも亡き姑が昔植えたらしくもう増え過ぎちゃって、、、」
「そうだ!宝来さん!少し苗を分けるので持っていってよ!、、、」
と言うわけで玄黒が兼ねてより注目していた「コゴミ」の苗が
玄黒の庭でも育てられることになったのであった。
そしてその時コゴミの苗の脇に植えられていた「ミョウガ」の苗も
紛れていたので今では玄黒の庭にも春先になると「コゴミ」が採れ
7月末には「ミョウガ」がいっぱい収穫出来るようになったのである。
このミョウガを収穫出来る頃に老女と又話をする機会があった。
玄黒はその話を興味深く関心を持って聞いたのであった。
「先月、このコゴミとミョウガが茂っている辺りで
何か黒い物と白い物が絡み合ってギャアーギャアーと騒がしいので
よく見たら白い蛇がカラスに抑えられて突かれてもがいていたのよ!
慌てて庭箒を取り出して地面を叩いてカラスを脅したの!
カラスに逆襲されるかと怖かったけどなんとかカラスを追い払って
その蛇を助けたのよ!」
お陰でその白へびは難を逃れてミョウガの茂みの中に
消えたと言うのである。
「それはとても素晴らしいことをしましたね!
白へびは神の使いと言われてますので
そのうちきっと中森さんにいいことがありますよ、、、」
「私はなんで咄嗟にそんなことしたのか分からないの、、、
私が巳年生まれのせいもあるけど、、、それに、、」とその後
60を前に逝ったご主人の話を涙を溜めて語り続けたのだ。
この老女の話によると自分の夫は
大工でとにかく器用な働き者でとても優しい男だったが
唯一の欠点が大酒飲みであったらしく
若い頃から一度飲んだら酔い潰れるまで飲み続けるほどの
酒好きでそれが因でついには肝硬変を引き起こし
命を落としたとの事であった。
そして自身と初めて出逢った時の話までさらに続けて
ご主人は子供の頃 山の中で捕まえた珍しい白へびを
「千春」と名付けてとても可愛がって飼っていたそうで
彼女と出逢った時偶然同じ名前だと分かり
「運命だと思った!」と告白し
熱烈に彼女に交際を迫ったというのである。
玄黒はおそらく亡きご主人が
自分が惚れた巳年生まれの若き日の美しい
中森千春を口説き落とす為に
子供時代に白へびを飼っていたことは事実だとしても
名前が同じだったというのは作り話だろうと思って
老女の「のろけ話」に笑いそうになった一方
この老女が今もって亡くなった夫に対して
深い慈愛心を抱いている事に心打たれ
つくづく幸せな夫婦生活だったに違いないと推察した。
そのことが有ってからしばらくして
玄黒には「こんなことが世の中に実際にあるのだ!」と
思わせるような事件があったのである。
後編(全3編)
その日久しぶりに老女の庭の前を通り掛かると
「先生!先生!宝来さーん!しばらく見かけなかったんで
何かあったかと思ってたわよ!」と
庭に面したガラスの引き戸を
開けて飛び出して来て息急き切って老女が玄黒に話しかけて来た。
「実はね、他の人に話すと気味悪がるから話さないでいたけど
宝来さんには話しておきたいの!、、、」
「何ですか?、、」
「先日夕方変な物音が隣の部屋の方でするので様子を見に来たら
怪しい男が鍵を壊して侵入しようとしてたのよ!
驚いて大声を上げたら、その泥棒が私の方に怖い顔で
向かってきたので殺されるかと思ってたら
今度は「ぎゃー!」と自分の足元の方を見て叫ぶじゃない!、、」
「はい?!」
「見たら、あの白へびが鎌首持ち上げて
大きく口を開いて襲い掛かるように泥棒の足元にいたのよ!」
そうしたらその男びっくりして慌てて塀を乗り越えて逃げていったのよ!、、」
お陰で何も盗まれることも襲われる事もなくて済んだようだが
泥棒が逃げた本当の理由を警察にも話さなかったそうである。
「ほー!そりゃー2m近い蛇が大口を開けて
自分に迫ってきたらさぞかしその泥棒はたまげた事でしょうね!
まさに「鶴の恩返し」ならぬ「蛇の恩返し」ですね!、、
やはり助けた蛇は「神の使い」で中森さんにいい事が起こりましたね!、、、」
玄黒は庭の楓の樹が天高く伸び過ぎたので
枝の剪定をした際に
誤って梯子から落ちて足を骨折し
入院生活の後も長く自宅で養生をしていた。
リハビリを兼ねて又散歩をし始めた
寒さが本格化して来た冬の初め
老女の家の前をいつものように通り掛かると
見慣れぬ若い女性が庭の畑でシャベルを使って土を掘り起こしている。
玄黒はああこの人が老女が言っていた山形に嫁いだという
お嬢さんなのだろうと思って
「お母様は、お元気ですか?、、」と問いかけると
「母は先月末に庭で倒れて亡くなりました。心筋梗塞でした。
あなたが母がいつも言っていた宝来さん?
お会いしたらお話ししようと思っていた事があります。、、
実は不思議なことがあったんです!
母はこのコゴミとミョウガの辺りに倒れていたのですが
横に本当に美しい真っ白い蛇の死骸が母に寄り添っていて
母は穏やかな笑顔でその蛇を撫でている様に見えたんです。、、」
玄黒は言葉を失い
「老女は白へびに導かれて夫の待つ天へ昇った、、、」と
その光景が頭に浮かんだのだった。
