リンドウと桔梗 1〜5(全12編)

 

その1、リンドウとの出逢い(全12編)

秋の彼岸がやって来ると
宝来玄黒は育てている庭の山野草達の中から必ず選び摘んで
仏壇に供える花がある。それはリンドウである。
それは玄黒が若き日に体験した夢のような事故が関わっている。
今こうして自分が
健康でいられるのもあの時自分の命を救ってくれたのは
間違いなくリンドウであったと信じて
疑わないからである。
玄黒家族と一族の安寧と健康と家内安全を
見守ってくれている八百万(やおよろず)の神々達との交流の橋渡しを
常にしてくれているかけがえのない神器の象徴として
リンドウは在り続け
その不思議な力に感謝を込めて一年に一度
秋の彼岸を迎える時は祈りつつ仏壇に供えるのである。

玄黒を母親が孕ってから7ヶ月目のある雨の日に
庭に通じる御影の飛び石を渡る際に
滑って転んだことが元で
兄弟姉妹の中でただ一人十月十日を待たずして
早産でこの世に生を受けた。
従って普通の子よりやや小さく生まれた玄黒は
幼少の頃は病気や怪我が多く
高校に入る前までの小中学校時代は度々学校を休んで来たのだ。
しかし大学に行く頃には体格も大きくなり通常生活で
他の学生達と遜色ない健康体になっていた。
「小さく産んで大きく育てる、、」という
当時は母体への影響を少なくするという考えが
一部広まっていた様であるが
敢えて小さく産むことは遺伝子の成長や神経細胞や
心筋細胞、脳細胞などの成長初期の増殖に
なんらかの影響を与えるという
今日の常識とはおそらくかけ離れていると思われる。
きっと期せずしてそういう結果になった
母親達の気持ちを気遣う周囲の深慮から
生まれた言葉なのであろう。

ただ幸いの事にこの言葉通りに玄黒が成長したのは、
食生活はもとより
ひとえに母親の様々な配慮のお陰であると思っていた。
それでも好きなスポーツなどで短時間で
瞬発力を競う種目ならまだしも
持続力が鍵になるスポーツでは若干問題があるのは
自身の生まれながらの体質が関係しているからでは
なかろうかとも考えていた。

大学生活を続けていた秋のある日
東北出身のクラスメートがある懇親会の席で
秋田の「玉川温泉」について妙に熱弁を振るった話が
ずーと頭の中で引っ掛かっていた。
時間の経過と共にひょっとすると
自分の体質改善に何か効能があるかもしれないと思い直し
秋田県・八幡平温泉郷の「玉川温泉」というところへ
「湯治に行ってみるか!、、車の免許も取ったことだし!」と
急に思い立って一人レンタカーを借りて
出かけることにしたのである。
実のところ八幡平と聞いて
八幡平市はその頃「リンドウの育種栽培」が
盛んに行われ始めたとの知識を得たばかりの時であったので
温泉に浸かり体質改善を図るだけでなく
調べたら車で行けば玉川温泉から30分ほどで行けるという
八幡平市の安比高原で見られるリンドウの群生地を
訪ねるのも悪くないと思ったのだ。
一般に山野草のリンドウは通常自然界では群生することは珍しく
湿潤な地で単独でぽつりぽつり咲くものだと理解していたので
このリンドウの群生地を目にすることも叶えられるなら
一挙両得だという考えが浮かんだ事が
玄黒の本当の理由であったのだ。

その2 、玉川温泉から安比高原へ (全12編)

玉川温泉は日本一の強酸性の温泉であり強い硫黄臭と微量のラジウム放射線が
含まれている世界でも類をみない特筆すべき泉質で
温泉地内の地熱を利用した「岩盤浴」は「岩盤浴日本発祥の地」としても
現在は全国的にも以下の伝承されている逸話と並んでよく知られている。

「その昔猟師が銃で射止めたはずの鹿の血の跡を辿って追いかけると
身を沈めて休んでいる鹿が居た。近づいた猟師の気配が
鹿に気付かれ鹿は一気に飛び出してとうとう逃げられてしまった。
深い傷を負っているはずの鹿があんなに元気を取り戻して遁走したことを
不思議に思った猟師が鹿が休んでいた処に行くと源泉が湧き出していた・・・」
これが玉川温泉発見の古くから伝承されて来た有名な話である。

以来古今東西多くの傷や打撲そして目の病気になった人達をはじめ
様々な病気で悩む人達がこの温泉で治癒されてきた。
近年この温泉の効能についての研究者も多く
医学界からも注目されている。
多くのガン患者達も全国から引も切らぬほど訪れると聞いていたが
この温泉の様々な適応症の項目の中に癌や悪性腫瘍に対する効能書きが
記されていないことも
玄黒は訪れて初めて知ったのであった。

玄黒はわずか4−5日であったが一人静かに誰にも邪魔されず
この湯に浸かり岩盤浴を体験したことで体の中から多くの毒素が
大量の汗とともに体外に噴き出され自分の体内に流れる血が真っ当なものに
入れ替わり体質が改善されたような気分になったことは
事実ではあったがもっと大きな収穫は
これまでの歪んだ卑屈で小心
神経質な精神構造がゆっくりと糾されていく感覚に包まれて
何故かゆったりと気楽で快適な気分になれたことであった。
そして翌日は勇んで早起きし借りて来たレンタカーを飛ばして
もう一つの目的地の安比高原へと向かったのだった。

その3、エゾリンドウ(全12編)

玄黒が車を走らせて
安比高原へ向かう途中の景観では見ほぼられなかった紅葉が山頂付近では
早くも一部ダケカンバやナナカマドなどが黄色や赤色に変わっていて
紅葉が進み始めているようであった。
高原の中腹あたりに差し掛かった時青紫色のリンドウがついに
姿を見せるようになった。砂利が敷かれて駐車出来るような
広いスペースがあったのでそこに車を寄せて駐車し車から降りた。
玄黒が期待したような大群生地ではなかったが通常見られる規模より
はるかに多くのエゾリンドウが美しい透き通るような
青紫色の花をいっぱいつけて陽を浴び
本来の釣鐘状の姿を開放して「ようこそ!いらっしゃい!」と
5枚の花弁を上に向けて大きく拡げ光り輝き玄黒を躊躇なく
受け入れるように咲いていた。
「嗚呼!わざわざここまで来てやはり良かった!」と
玄黒は素直に心底そう思ったのだった。
そしてエゾリンドウの望む気持ちに寄り添うように近づき
吹き寄せる爽やかな秋風と共に
ほぼ香りが無いと知りつつも
エゾリンドウのわずかな香りを求めて花に顔を寄せて
思い切り胸いっぱい吸い込んだのだった。
さらにエゾリンドウ達を踏みつけないように気をつけて
歩を進めて行きながら良く見ると一輪一輪それぞれ皆微妙に
花模様や形に個性の違いがあることに気付いたのだ。
つい夢中になって奥まで進み気がつくと
そこはすでに車道からだいぶ離れ窪地になっていて
足を踏み入れるとずるりと滑る感覚がした。
するとその瞬間 
突然 玄黒の足元の窪地が急に沈み込み
足首まで土の中に埋まり始めたのだ、、、、

その4、竜胆・リュウタン様に救けられ 九死に一生(全12編)

玄黒は慌てて足を抜こうとするが
ますます地面の中に埋まり ついに膝下まで埋まってしまった。
腰を屈めて何かに捕まろうとすれども小さな野草以外何もなく
エゾリンドウの茎を掴んでも折れてちぎれ指先から滑り抜けていく。
もがけばもがくほどますます沈むばかりで 
とうとう腰まで土の中にすっぽりハマってしまった。
もう身動き取れず如何とも仕方なく大声をあげたが
周りに人の気配すらしない。
「嗚呼!このまま土の中にすっぽり浸かって
生き埋めになってしまってしまうのか!
すでに胸元近くまで地面が上がって来る。
もうこれで俺の人生も終わりか!」と覚悟を決めた時だった、、、

土の中に埋もれた玄黒の指先に毛で覆われた綱のようなものに
触れる感覚があった。
それを懸命に掴み引っ張るとその綱の様なものは
毛根をいっぱいつけた太い根であった。
するとその根はツルのように
今度は玄黒の身体にぐるぐると巻きついて来た。
首の近くまで玄黒の身体に巻きついたと思ったら
突如空中に跳ね上げられ
玄黒はもんどりうって地面に放り投げ出されたのだった。
一瞬の間 玄黒は気を失っていたのだろう!
気がつくとアカツメクサの生える地面に横たわり
側で一人の老婆の笑顔に迎えられていた。
訳がわからないまま起き上がり老婆に話しかけようとすると
老婆が声をかけて来て
「いがったなあー!なはん!おめえはんが命拾いしたんも
リュウタン様がまぶりっとでがんす!」
(良かったなー!あのな!お前様が命拾いしたのは
リュウタン様が守ったからだよ!)
と岩手弁訛りで喋るのでポカンとしていると
標準語で語り直してくれて初めて命が助かったことを了解したのだった。
そして濡れて汚れた衣服はいつの間にか
老婆の手によって脱がされていて
老婆が羽織っていたと思われる農作業の厚手の上着で
包まれていることも分かった。
幸い身体には特別痛みも怪我も無いので
駐車していた場所に行き
車の中に用意していた衣服に着替え直して又老婆のところに戻り
礼を言いながら改めてことの次第を聞いたのであった。

その5、老婆の語るリュウタン様伝説(全12編)

老婆によると 自分はリンドウの根を収穫するために
今日は来ていたそうで家に帰ったらそれを乾燥させた後
細かく砕いて少量を袋に入れ南部鉄瓶の中の水に浸けて
水量が半分ほどになるまで煮詰めて
煎じ茶として飲むそうである。
この地方では昔から知られている生薬だそうで
老婆は歳をとるに従い関節痛が
ひどくなって来たのでこれを日に何度か愛飲しているらしく
お陰で調子が良いと語ったのだ。
玄黒は本当は今日自分を助けてくれたのはこの老婆で
老婆が玄黒の叫び声を聞いて
一人で救助してくれたのかもしれないとも思った。
しかしながら先ほど目が覚めた時老婆が言った
「リュウタン様が守ってくれた」という言葉に
大層興味があったので窪地にハマったあの時の
夢見心地の中で体験したことは実際
リュウタン様の力で救われたのだとも思えて来て
この老婆の「リュウタン様伝説」とやらを
聞いてみたくなったのだった。
この伝説は当時の玄黒にとって
とても伝説と思えないほど
生々しいリアリティを持っていた。
この日の体験は
自分の人生の中できっと貴重なものになるに違いないと思い
感覚が薄れないその日のうちに老婆の話共々
「日記帳」に書き記しておいたのだ。
お陰で玄黒は今日でも本棚の隅に埋もれ
手垢で汚れた古い日記帳を
引っ張り出しめくり返してみると
忘れ難い若き日の体験がつい昨日の事のように
生々しく蘇って来るのだ。

この事件を契機に
玄黒は毎年リンドウの咲く彼岸を迎えると
庭で大切に育てているリンドウを摘んでは
必ず仏壇に供えている。

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