縁(えにし)・10~13編

その10;白桃(全13編)

夏もそろそろ終わりを迎え始めた頃に
徳岡の妻・紬子が玄黒夫妻の家に一人で
不意に訪ねて来た。
今まで徳岡の妻が一人で来たことなど一度も無かっただけに
「徳岡に何か起こったのか?」訝しく思った玄黒夫妻は
丁度懇意にしているご近所の夫人から
実家の山梨から送られて来たという
「白桃」を前日の夕方頂戴したばかりであったので
早速それをカットして
一緒に食べながら話を聞いたのであった。
紬子はそれを「久しぶりに本当に美味しい桃を頂きました!、、」
と言って食べ終わると少し落ち着いた感じになり
先程までの俯き加減の顔を上げて話し始めた。
事実その白桃はジューシーでなめらかな甘さと食感、
上品な香りの気持ちを豊かにする上等な桃であった。

徳岡の様子がこのところ以前より一段と
「躁の状態」と「鬱の状態」がはっきりと
交互に繰り返され始めて来たと言うのである。
会社の方も引退したイタリア人共同経営者の後を継ぎ
若い共同経営者に代替わりしていた。
その人物が進めたい
日々急速に進化するインターネットと情報技術革新の
来るべき時代に向けて拙速に
不採算部門や利益の薄い古くからの取引先を
切り捨てようとする効率化重視の経営戦略が
徳岡や先代のイタリア人共同経営者を中心に
古くからの社員達と共にこれまで
長い時間をかけて営業成績を伸ばし
築き上げて来た経営方針との間で意見の食い違いも多くなり
帰宅しても何かピリピリして
なんでも無いことに腹を立てることが多くなったと言うのである。
そして彼女に「我々は今は夫婦というより戦う同志だから
死ぬ時は一緒だよね!、、」などと漏らしたりするそうなのである。

玄黒は徳岡がどんどん内向的に自分を追い込んで
自身を痛めつけている姿が見えて来て
徳岡をなまじに励ます事より、
イタリアで一目惚れして夢中になった
愛する妻・紬子を残して
徳岡が一人で死ぬ事は絶対無いと踏んで
「紬子さんが徳岡の言う通りにならなければ
滅多なことは起こらないから、間違っても承諾するような事は
言わないで自分は絶対嫌だと言うように!、、」と厳重に忠告したのであった。

徳岡はその後機嫌が良くなると
突然電話をして来て、「明日非常に美味い「うなぎの店」の予約を
取ったので来てくれ!」とか
「中川の天ぷらに負けない店があるからご馳走する!」
などと言っては誘われるので
玄黒夫妻は取り急ぎ徳岡の様子を確かめるために同行すると
大抵由緒ある店に連れて行き大盤振る舞いをするようになった。
その金遣いがあまりに異常なので仕事の都合がつかないとか
妻・田鶴の調子が悪いとかの理由をつけて出来るだけ
気持ちを傷つけないようにしながら断るようにして来たのだ。
また一方でこちらから電話をかけても
徳岡の妻・紬子のみが電話口に出て
徳岡は今寝ていてどうしても起きてこないと紬子が答えるだけの
明らかに鬱の状態の続く日もあった。
会社も創設当時から協力してやってきた社員達に概ね任せ
休養を取る日々が多くなっていた。
そんな繰り返しの月日が何年か続いていたが
なんとか徳岡が発作的にとんでもない行動を
起こすことだけは避けてこれた。
しかし玄黒夫妻が期待するような好転を
見せる気配はなかなか見られなかった。

ある時ふと心配になって徳岡の家を玄黒夫妻が訪ねると
暗い顔して化粧もままならぬ顔をした紬子が出てきた。
すると2階に居た徳岡がその日は元気な様子で降りてきて
奥にある居間に通されたが
隣の南向きの雨戸は締め切られて真っ暗な部屋のままで
通された居間も古い蛍光灯の弱い光だけの照明なので
薄暗く澱んだ空気に包まれている感じが気になり
「雨戸を開けて空気を入れ替えたらどうか?」と薦めようと思ったが
またこの後もっと徳岡の気が塞ぐかもしれないとも考えて
その日はたわいもない話や笑い話をして切り上げたのだった。

帰りの道中玄黒夫妻は、
どこか徳岡の妻・紬子の様子がこれまでと
変わっていて酷くやつれて疲労困憊の様子に見えたのが
気になると話を交わしながら帰路に着いた。
実はその心配がまさか現実になるとは
その時にはまだ考えていなかったのだ。

その11;岩タバコ(全13編)

春になって徳岡の気分が上向いて来た頃
徳岡から電話があり
「明日是非家まで来て欲しい
一緒に行きたいところがあるから!」
ということであった。
そこで次の日今度は玄黒一人で訪ねると
徳岡の妻はどこかに買い物に出ていて
徳岡一人が留守番をしていた。
出てきた徳岡が言うには、
紬子は小一時間戻ってこないので
その間近所に住む元々徳岡の父親の
患者だった老人が参加している「山野草を育てる会」が
公民館で展示会を開催中であるらしく
是非見に来て欲しいと頼まれているので
一緒に見に行こうと
玄黒が山野草に興味を持っていることを
かねてより知っていた徳岡の誘いであった。
早速一緒に行くと公民館の出入り口近くの
小部屋が会場になっていて
組み立て式のテーブルに白い木綿の
布が被せられた臨時の展示台が置かれて
その上にサークルのメンバー各自が育てたという
大小の野草鉢が100鉢ほど各自の名前と
野草の名前を記した名札が付けられて展示されていた。
サークルのその日の担当者という人物が二人ばかりいて
他は午前中であったせいか2−3人の客以外
ほとんど客の姿が見られなかった。
ただ徳岡を誘った老人はその日の担当であったらしく
徳岡を見るとすぐ二人に近づいて挨拶をして来た。
その老人の案内と説明を受けながら一回りすると
老人が自身で育てたという玄黒の庭には無い
「岩タバコ」が色とりどりの花を
見事に咲かせている事を玄黒に称賛されたことに
その老人はえらく気をよくして
「是非、お宅の庭でも葉挿しで増やしてください!」と
自分が育てた「岩タバコ」の中から数種類の葉を切って
玄黒にたくさんプレゼントして呉れたのであった。
この葉から育てた「岩タバコ」の中でその後しっかり根付いたものが
毎年春になると今でも玄黒の庭で花を咲かせてくれている。
玄黒にとって徳岡と過ごした日々を思い出す
忘れられない山野草なのである。

その年の梅雨がもう時期終わる頃になって
徳岡から又電話があり
「秋になったら一週間くらい休みを取れないか?
もし取れたら一緒に夫婦四人で鹿児島旅行をしないか?
宝来から前に鹿児島へ行った時の話を何度も聞いていたけど
自分たちはまだ一度も行った事がないし
桜島を見たり天然の砂むし温泉とやらに入りたいので、、」と
又しても突然の誘いであった。

その12;秋の七草(全13編)

徳岡のここ何年かの異常行動は秋から冬にかけては
家に閉じ篭もるいわゆる「鬱状態」になることが多く
冬が終わり樹々の芽が吹き
植物の花々が咲き出す春を迎えると
気分が高揚し外に目を向き始める「躁状態」になると
玄黒は気が付いていたので
秋に旅行に行きたいと言い出したのは
訪れた事がない鹿児島の秋の自然に触れて
かつてイタリア留学を決めた時のように
徳岡の傷付いた心を快復に向かわせる
大きなきっかけになるかも知れないと思い
意気軒昂な徳岡の申し出に
直ぐ賛同したのだった。、、、

玄黒の庭の「萩」の枝が下垂れて花を盛んにつけ
「ススキ」や「桔梗」「オミナエシ」や「フジバカマ」などの
「秋の七草」と呼ばれる花々が咲き出しても
その後徳岡からは何も連絡が来ないので
玄黒は何か嫌な予感がして電話をして見た。
何度電話しても何の応答も無いので
ますます心配になって来た。
そこで田鶴を誘って車を飛ばし
徳岡の家の前で車を停めて入り口のベルを鳴らした。
応答はなく中に人の気配もしないので
ドアにある郵便受けに
メモを残して投げ込むとドアの端の柱に
何か小さな書き付けが貼ってあるのに気がついた。
「この家に御用ある方はこちらまでご連絡ください!」
と注意書きがしてあり最寄りの警察署の電話番号が載っていた。
おかしいと思って向かいの道路から2−3段の階段を登った先にある
隣の家の玄関のベルを押すと
しばらくして中から声がして怪しむような様子で
戸をそーと開けてかなりの高齢の男性が出て来た。
徳岡の友人であることを告げて
徳岡の家のことを尋ねると
「あなた!それは大変だったんですよ!
パトカーが何台もこの前の道に並んで警察官が大勢来て
大騒ぎでしたよ!、、、」
徳岡夫妻は、なんと二人で睡眠薬自殺をしてしまったのだ!、、、
「嗚呼!しまった!とうとう!、、、」

帰りの車中では玄黒も田鶴も押し黙ったまま家路についた。
途中雨が降り出してワイパーが左右に振れ
街の明かりが車の後ろにどんどん速く流れてゆく中で
玄黒の脳裏には浮かんだのは昔何度も聞いた覚えのある
井上陽水の「傘がない!、、」の歌詞
(♪ ♪、、都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない
行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれー、、、♪♪、、)
というフレーズであった。

当時の学生運動の盛んな世の中の情勢というものに対し冷めた目で見て歌う
このフレーズだけがワイパーの動きに合わせて
何故か繰り返し浮かんだこと以外
どんなふうに帰宅したかはっきりと今でも覚えていないのだ。

その13;二人静か(全13編) 最終回

玄黒は先程妻・田鶴から自分の独り言が
また多くなったことについて責められた後
しばらくしてから田鶴が図書館に借りていた本を
返しに行くと言って出かけたので
「二人静か」や「エビネ」など春の山野草達が
次々と咲き始めてきた庭先に出ていて
今は亡き徳岡と中川のことを又思い起こしていた。

あの頭脳明晰な徳岡があのような顛末で
命を落としたのはどこに原因がありどうして
命を縮める迷路にどんどん歩を進めてしまったのだろう?
徳岡は妻の紬子無しではいっときも居られないほど
熱愛し彼女の意思を尊重していたのに
その彼女の意思に反して彼女の抵抗の壁をいかにして攻略し
自らの意思の傘下に置いたのだろう?
あの最後に会った時の紬子の様子は、
今思えば明らかに徳岡の鬱の精神状態に近いものであった。
徳岡が掴んだ輝く希望の星であり精神の支柱であったはずの紬子ですら
地獄の淵に立つ徳岡を救い出すことが出来ず
徳岡の言っていたように「戦う同志」として
同じ道を進む事を最良として選択してしまった事は
玄黒には無念というより徳岡夫妻の自殺の根拠を考えると
どうしても玄黒の心の中で今だに不透明感がくすぶっているのである。
宇宙の摂理に従い縁あってこの時代に生まれてきた
世の中を見限り妻の紬子と共に
かけがえのない生命を自らの手で断ち切った
徳岡の眼に映った先の世界とは一体どんなものであったのだろう?
おそらく徳岡には玄黒の理解を超えた世界が見えていて
そこに向かって突き進むことが二人にとって
これまでの自分たちを縛り続けて来た諸々との戦いから
最も心が解放され自由で幸福な理想郷がそこにあると
妻の紬子を説得したに違いないと考えたりもした。

人にどんどん関わることで世間に対して拡がるように生き続け
持ち前の性格の良さゆえにその性格が仇となって
若くして命を落とす羽目になった中川光男、、、
対して自らの世界を大切にする余り裡へ裡へと向かい
自身を追い込み自殺の道を選んだ徳岡和臣、、、
二人程の類稀な才覚を持たない凡庸な玄黒には
この二人の魂をどんな事をしても救う事は出来ないけれども
この世でたまたま出逢えた縁(えにし)を幸いと考え
せめて彼らの魂を永く生かし続ける為に
非力な玄黒自身にせいぜい出来ることといえば
「語り部」のように繰り返し思い続け語り続けていく他はなく
そのことにより少しは叶えられるかも知れぬと考えていたのだ。
さらに言えば
彼らと別れた後玄黒自身も致命的な病気に襲われて何度か
死の淵を彷徨ったがなんとか今日まで命を繋げて来れたことは
単なる「幸運」と片付けてはいけない何かがあり、
彼らに代行して果たすべき役割が
与えられているからに違いないとどうしても思えて来たのである。
すなわち
時間をかけてゆっくり培って来た彼らとの縁(えにし)で結ばれた
友情関係が突然切断された喪失感で悩まされた時期もあったが
時の経過とともに人の平均寿命にも満たない若さで
終焉してしまった二人から実は彼らの使い切れなかった寿命を
譲り受けて来れたからこそ今日まで玄黒自身が
数度の病を乗り越え命を継いで来れたのかも
と思うことがあるのだ。
さらに言えば、
これまで玄黒自身と深く関わり何かと鼓舞され影響を受けて来た人物で
その才能があまねく世に知られる前に
無念にも若くして散った「優れた魂の持ち主達」からも
「命のお裾分け」を大いに頂戴して来たのだと
単純な玄黒はおこがましくも結びつけて考えてしまうのであった。

そうであるならば
彼らの為にも最低100歳くらいまでは目一杯体調を気遣いながら長生きし
一日でも多く彼らの魂を賛美し続けていかねばならぬと能天気な玄黒は
咲き始めた庭の山野草達にぶつぶつとつぶやいたのだった。

(冬の到来が間近になった寒い日 終稿)

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