Satochanの

<<2016年11月23日>>
「囲碁AI(電王)戦」
流石!趙治勲名人!
辛勝とも言える厳しい戦いであったようだ。
DeepZenGoも、次回の対局では、この結果からさらに能力を
上げてくるのは、間違いない!
3月AlphaGoが、世界王者 韓国のイ、セドル氏を破ったので、
もしやと思っていたが、
兎にも角にも人間の頭脳が優ったことに拍手を送りたい!
将来、「囲碁AI(電王)戦」の企画が進んで、
AlphaGoとDeepZenGoが戦ったら一体どちらが勝利するのだろう?


<<2016年11月14日>>
「人工知能(AI)を我々は身に付け、便利ツールとして

利用する日が来る!!」
流石の「東ロボ君」も東大合格を
一旦諦めたとのこと!
かねてより、人工知能に強い関心を持って来た自分としては、
あのAlphaGoが今年3月,韓国の囲碁プロ棋士を破ったとの
ニュース知って
もうここまで来たのかと眼を見張る思いで
日本の国立情報学研究所の
「東ロボ君」にも大いなる期待を持っていた。
かつて(2012年?)、米国のMIT(マサーチューセッツ工科大学)の
AI研究者グループが、人工知能の知能指数を測った時、
まだ4歳児程度であると言われた時代から今日まで日本を含め
世界の人工知能研究は、飛躍的な発展を遂げてきたが、
今、一休みに入った。
そもそも、人工知能は、「自分の判断力の間違いを
何処が間違っていたのか、容易に明確に出来ない」とか、
「人間には全く理解不能な行動をしてしまう」
とか、「人間がこの地球上に誕生して以来、DNAの中に遺伝情報として
脈々と継承されて来たとも言える幼子でも分かるごく常識的な
判断力が欠如している」などなど、、、、が課題であった。
「東ロボ君」もこのニュースにあるように難解な数学や物理の
問題などは、容易に解答し、偏差値も70を超えるほどであっても、
簡単な設問文章を全く理解出来ないという課題をどうしても
克服できないのだ。
それが研究者達の解決すべき超難題なのだ。
しかしながら、我々は今日、iPhoneなどのスマフォを、
情報交換の便利なツールとして身に付け、当たり前のように
使っていることから見ても、
一時的な頓挫があったとしても、少なくとも5-10年以内には、
人工知能の弱点は、弱点としてそこは人間が補完し、
人工知能を利用するメリットだけを生かしながら、
人々が体に身に付け、豊かで安全な人間生活を
過ごせる日が必ず到来すると夢想している。


<<2016年11月2日>>
日銀・黒田総裁

「資本主義経済の岐路」
日銀の黒田さんが、ついに任期中の物価2%上昇を諦め、先延ばしの
敗北宣言をした。
財務省出の数ある日銀総裁の中でも極めて優秀で、期待の星でもあった
流石の黒田さんの「異次元の金融緩和」ですら、もはや、
インドや中国をはじめとする
いわゆる今日の新興国などの国々の急速な経済鈍化、
不安定な原油価格、金融市場の乱高下の中では効薄く、
なす術がもはやなくなってしまったのだ。
元々、市場に出回る金のジャブジャブ経済がもたらすものは、
投機的傾向、金融市場の不安定化、
結果的に貧富の格差を生む要因になると懸念していた学者グループが
いたが、彼等とて、ここまで世界経済が落ち込むとは思っていなかった
のでは無いだろうか?
こんな状況下でも安倍総理は、今だに「アベノミックスは、
順調に推移している、、、」と、
ノー天気に答えているのが、私には、どうしても理解不能である。
自民党内で、この「まやかしの言葉」に恭順の意を示すばかりで、
異論を唱えるわけでもなく、誰も「安倍下ろし」もしない。
ましてや、総裁の任期延長を決議し、安倍政権の持続を図っている
こと自体、もはや党内には国と国民の行く末を憂える気骨が
全く欠如している輩ばかりの烏合の集政党に成り下がったとしか思えない。
まあ、そうは言っても、資本主義経済下の成長戦略は、
一個人の才覚だけで、
国を富ませることは至難の技であることは明白であるが、
言葉巧みに選択する技術だけは、
どうやら天賦の才能を付与されている安倍総理に代わる叡智ある
政治家が自民党内には誕生して居ないことを、
自民党員及びその支持者達は憂えるべきである!
翻って、経済学に精通する優秀な専門家が多ければ、はたして、
国や人々が豊かになるのかと言えば、
必ずしもそうではないところが、悩みのタネでもある。
現に1969年に創設されたノーベル経済学賞の受賞者達は、ほぼ米国の
優秀大学の研究者たちに集中し、この賞は、米国の為だけにあるような賞で、
私は、かねてより疑問視してきた
何故なら、彼らを雇用している米国の多くの企業が必ずしも企業業績が
良いわけでもなく、従業員の満足度が高いわけでも無く、
さらに言えば、世界人類への貢献度が高いわけでも無いからだ。
色々考えてくると、19世紀の新古典派経済学から変転して来た
資本主義経済学の市場主義原理というものが行き詰り、
如何にしても現在の地球環境を取り巻く世界の全ての事象に
符合しなくなっており、
それこそ「もはや、異次元の経済制度を提唱出来る、
人智を超えた大天才の出現を待たなくては道は開けない」という岐路に
立たされているのかも知れないと強く感じるのである。


<<2016年8月>>

 ボツグセージの蜜を求め飛来するクマンバチ
「素晴らしき驚異のクマンバチ GO!!」
シエーネの庭では、この季節になりますと 澄んだ青色の花を
つけるボツグセージが盛りを迎えます。近頃の猛暑の夏に、
凡そ倦怠気味な主には、この花が、僅かな風に揺れる姿を
眼にすると、軒下に吊した風鈴の趣に近いものを感じて、
心和みます。
この季節になりますと、この小花の蜜を求めて、
午前中から沢山の蝶や蜂達が群がります。
この庭では、春のモッコウバラの小花の蜜を求めて
飛来していた日本ミツバチに代わりクマンバチが増えてきます。
翅音が大きいので、近くに来ると誰しも脅威を感じますが、
スズメバチ等と異なり、
ミツバチと同じ仲間で、花の蜜を餌にするクマンバチは、
人を襲うことは、まずありません。
現に私は、日に何度もこの花の周りを抜けて、
庭作業をしていても危険を感じたことは、
今まで、ただの一度もありません。
資料によりますと、クマンバチは、その身体の大きさに比べ、
翅が小さすぎる故に、航空力学的には飛ぶことが
無理なはずなのに飛べる事自体が不思議とされてきたようです。
(現在は、レイノルズ数という空気の粘度の法則で
証明されています)
今日では、クマンバチは、「不可能を可能にする」象徴として
多くの人達から珍重されています。
嗚呼!なんと素晴らしき驚異のクマンバチ!!!!!
ただ、残念なことが一つ!
ミツバチと異なり、自分達の子供を育てるために
枯れ木などの小さな穴に
団子状にしてこっそり蜜を蓄えるので、彼らの蜜を発見して
人が利用することは、至難だそうです。
これからは、シエーネの庭に、クマンバチ君達が飛来するたびに、
このところ、シエーネの主には、心が折れることが
続いているけれども、安易に、不可能だと決め付けないで、
「明るくノー天気に再挑戦しろ!」と、
檄を飛ばしに来ているのだと考えることにしました!


<<2016年6月>>

「レモンバームティーの効能?」
シェーネのメイン庭では、バラたちを植栽している
場所の付近に植えてあるレモンバーム達がここ数年、
やたらと増えてしまって来た。もともと、庭の花を鑑賞する際に
ハーブ達に接触すれば、ほんわり、その香りが立ち上がるだろう
と期待して、さまざまなハーブを植えて来たのです。
時が過ぎて、このレモンバームにとって、余程この庭の環境
が性に合ったのか、今や、他のハーブに群を抜いて
増殖してしまっている。
そこで、今年は、大量に処分するために、久しぶりに
ハーブティを作ることにしました。
刈り取ったレモンバームの量が大量であったので
大きな茎は、除いて、葉と茎を集めて、軽く水洗いして日陰で
乾燥させます。手で適量をつまんで、ティーポットに入れます。
その間に、沸かしておいた熱湯をポットの中に適当量注ぎ、
5分ほどそのまま放置して、そこそこ色が付いてきたら完成!
一体に、これまで、何軒かのハーブティの専門店とか言う
ところで、ハーブティを飲んだ経験からすると、
まずくはないが、「極めて美味しい」という言葉を
口上するほどのものでなかったし、
かって、庭で育てたローマンカモミールを収穫して、
ハーブティも作ってみましたが、さほどのものでなく、
以来、庭の散策で香りを楽しむだけで、放縦してきたのです。
然るに、このレモンバームや如何?
生葉の強い香りが、さらに抽出されて結構飲み易いし
揚げ物などを食した後は、きっとさわやかな気分になるのだろう
と想像に難くありませんがが、やはり旨さを
実感出来た感じはしません。
きっと健康を保つには良いのでしょう!
物の本によれば、抗うつ作用や、精神の高揚、気持ちが
明るくなる、不安が無くなるなどの効用があるようですが、
うちのサンジン(山の神)さんに尋ねれば、
「そうした状態から最も遠い存在にある
ノー天気なあなたには、効果は、薄いかもね!」との
とほほの回答・・・・。
うーん!確かなことは、飲んだ後、体が火照って来て、
若干汗が滴り落ちてきた。これは、存外思わぬ効能が
あるのかも、、、、、

<<2016年4月6日>>

「ショパン嫌いのグレン・グールドー」
グレン.グールドが弾くあのバッハの「ゴールドベルク変奏曲」を
初めて耳にした時、これまで聞いた多くのピアニスト達の
演奏とは、隔絶し、鼻歌まじりで軽く叩く演奏方法や
その風貌と姿勢は無論、聞き覚えのある楽曲は、
まるで違ったものに聴こえ、私には、こんなピアニストが
世界には、いるのだと衝撃的であつた。
その明快なテクスチュア 、透明感のある音質 は、
威厳ある低音部の基調を崩す事無く、幼い頃から色々な処で、
オルガンやハープシコードで演奏され、聴き慣らされ
鈍くなってしまった私の感覚、つまり「頭から足の先まで、
全身が、重厚かつ尊厳のある特殊な情緒で包む込まれ、
いつしか遠い彼方のメタファーな朧気な世界に誘われる儘、
鬱陶しさを感じつつも、どっぷり浸かってしまう感覚」が、
この時、完全に覆されたのだ。
こんなにも軽快な独特のリズム感の中では、
陳腐なメタファーな世界は、もはや現実的な気負いの無い
世界に早々に駆逐され、
その中で、快適に楽しんでいる自分自身に気が付いて、
新鮮な驚きを禁じ得なかった。
この時、事情通から遅れること10数年、
遅ればせながら天才の存在を私も知ることになった。
ご承知のように、グールドは、大袈裟過ぎるとして、
極端にショパンを毛嫌いしていたようで、
生涯で数えるほどしかショパンの曲は弾かなかったそうである。
が、ドラマチックな展開のショパンの曲の多くを、
決して嫌いではない私にとつては、いわゆる大概の天才の持つ
気質とも言える、一時の流行のようなものや、
希を衒って他人を惹きつけることなどに関心は寄せず、
時代を超越する芸術至上主義の本質的なものの考え方を、
グールドも又、頑なまでに死守する性格の持ち主であった事が
きっと起因していたのだろうと想像に難くは無いが、
このロマン派のもう一人の天才作曲家ショパンを、
なぜグールドが嫌ったのか?本当の理由を知りたいと、
かねてより思い続けてきた。
******************
少し余談になりますが、昨年(2015年)12月から今年の1月に
かけてNHK BSで放映された「もうひとつのショパンコンクール
~ピアノ調律士達の闘い」は、
私には、大変興味深く、これを見ていて思ったのは、
グールドの遺した記述によると、晩年、ヤマハで演奏した
曲目もあるが、グールドは、事故で壊してしまう前迄、
永らくスタインウェイの特別のピアノを愛用していた
ようである。
彼がもし生きていて、今のヤマハのピアノでショパンの曲は
弾かないまでも、ヤマハのピアノのアクションを
どう評価するだろうと感慨深かった


<<2016年1月7日>.

 安徳 瑛作 「風の日」油彩
「子供の匂い」
又、寒くて、風邪に罹りやすい私の嫌いな季節になって来た。一体に
自分が、冬の季節に対し、これ程嫌悪感を持つようになって来たのが、
いつ頃からだったか、しかと思い出せない。少なくとも、雪や、凩の吹く
中をわざわざ出掛けたり運動して、身体が次第に熱って来ることに
ある種快感を覚えていた時代が、あったはずなのだ。
昔から、嗅覚が優れていると他人からも云われ、自分でもそう思って来た。
外を歩くと、道角を曲がる前から、子供がこの先に居るなと彼等の
匂いを感じると、大抵子供達が飛び出して来る。こんな時は、
寒中の外出も、ほんわり穏やかで、暖かい気持ちになる。
香りの佳いものが好きなので、我が家の庭には、バラをはじめ、
様々な自分好みの香る植物達を出来るだけ植栽している。
かつて、「狼と7匹の子山羊」のグリム童話で、大きな柱時計に隠れた
末の子山羊だけが狼に見つからず、食べられずに済んだ話に疑問を
持った事がある。
「狼は、犬の仲間で人間の数千倍の嗅覚を持っているはずで、
何で末の子山羊だけを認知出来なかったのか?」と、、、
あの出刃庖丁を持って、この世のものとは思えない形相で突然襲ってくる、
それはそれは恐ろしい「男鹿のなまはげ」なら、親の言う事をきき、
泣かなければ勘弁してもらえるかもしれないが、
狼が何故末の子山羊の臭いに気付かず
この子山羊が難を逃れたのかどうしても不思議であつた。
私の妻は、現在近所の子供達の為に英会話教室を開いている。
当然教室は、子供達の匂いで充満され、子供達が帰った後でも
その残り香が溢れる。
然るに、最近この子供達が、かつての子供達の様な子供の臭いが
全くしない子が多いのに気が付いた。勿論、かつても、
小学生の高学年や中学生になると次第に香らなくなり、
大人になって来たのだなと理解していた。
それが、ここ数年私の嗅覚が特段衰えたとは思えないのに、香りがしないのだ。
子供達がすごいスピードで老成しているのだろうか? 理由が分からない。
こんなたわいもない事を考えていると一日は、あっという間に過ぎて、
赤い西日が窓辺から斜めに差し込んで来る。
隣の部屋から山の神の声がする「夕飯の準備は、どうなりました?」
そうだ今日は、私が作る事になっていた!、、、、、、


<<2015年9月26日>> お彼岸を迎えて

 福本 晴男作「龍を持つ少女」木彫
「彼岸、故・福本晴男に寄せて」


私が、その作品のみならず作家の思考や生き方など
全人格的なものというか、その精神性というか、
直感人間たるこの私が、その魅力溢れる資質に、
いたく惹かれ、敬服し、少なからず、
影響という影をたなごころに密かに納め、
大切に育んできた作家は、実は故・画家安徳 瑛の他に、
もう一人いる。いやいた。
彫刻家:福本晴男(元創型会・会員)である。
残念なことに、私にとって重要なこの作家も、
かっての安徳 瑛と同様、
昨年(2014年9月)又失ってしまうことになり
一年目の彼岸を迎えた。
福本晴男に出遭ってしまって(まさに・・・)から、
30年を過ぎようとしている。
その日、銀座8丁目にある彫刻専門画廊「ギャラリーせいほう」で
福本晴男の個展が開催されていた。
普段、銀座では、余り行かないこのあたりに何故か、
導かれるように足が自然に向いて、
気がつくとこの店のドアをくぐっていた。
抽象具象を問わず、全ての作品が、冗長な点が微塵も見られず、
又、金属を用いていても、古木との適宜な折り合いの中で
一般の彫刻作品によくみられる金属特有の
あの非情な理知的過ぎる冷たさというものは一切感じられず、
すくっとした、気品ある美しさに高貴な香りがして、
私以外誰もいない会場で、久しぶりに優雅な気持ちで
満たされている自分自身に気が付いて、酔いしれていた。
その時、どうしても手元において置きたいと、
値切り交渉など思いつくことも無く、価格に構わず
「衝動買い」してしまったのが、写真の「龍を持つ少女」である。
この作品の購入をご縁に、作家自身と知己を得て、その後
埼玉・深谷のご自宅にも伺うようになり、
実に美しい奥様からも厚遇を得、手作りの無農薬野菜なども、
たくさん頂戴するようにもなった。
当時は、私の懐具合も比較的暖かい時代であったので、
出来れば、もっとたくさんの作品を所蔵したいと考えていたが
何せ、この作家は、寡作の上に作る作品は、非売品ばかりで、
私の希望は、なかなか果たされず、現在、福本晴男の作品は、
平面を含めて10数点ほどである。
この作品は、危うく手放しそうになった時が、2度あった。
一度目は、安徳 瑛が、「これは、とても優れた作品なので、
出来れば、自分の50号以上の代表作品と是非交換して欲しい!」
といった時、・・・・
二度目は、私の画廊のコレクターに写真を迂闊にも、
見せたことが起因して「奥田さんが好きな金額をつけてよいから
譲って欲しい」といわれた時・・・・
である。
安徳 瑛が亡くなってから、当画廊でなんとか工夫して
是非個展を企画したいと考えていた重要作家であったので
この作品は、手放さず死守してきたが、以来、
この作品は、正月だけ作品倉庫から出して1年に一回だけ
お披露目している。無論非売品である。


<<2015年1月5日>>
「屈折した心」
ある懇意にしていた女流画家(A女史)が、ある時、語った話をしましょう。
かつて、私が取り扱っていた、彼女とは、別の女流画家(B女史)から個展の案内状が届いたので
早速、展覧会期間中に尋ねると、久しぶりの再会に、彼女は笑顔で迎えてくれ、話が弾んだ。
そこに、B女史の先輩でやはり私が知る男性の画家が訪ねてきて、二人の姿を見て、近づいて来ました。
すると、B女史は、急に黙りこくり、「奧田 さん、ちょつとやらなければいけないことを、
思い出したからと、、、、」そそくさと、姿を隠してしまいました。
変だなと思っていたら、その男画家が、「何だ、久しぶりに会いに来たのに、
ろくに挨拶も出来ないだ、、、、」とおかんむり!、、、、
私は、この先輩画家のことをよほど気に入らなかったのかとは思ったが、B女史は、すでに
それなりに名前も知れてきたのにちょつと大人気無いと、嫌な感じがした。、、、
ある日、この時のことをあのA女史に話をしたら「奧田 さん、それ違うよ!、、、
まだ力のない若い頃、その先輩から、ずーと余程いじめられたんで、今仕返ししてるんだよ!、、、、」
なるほど、気軽に先輩ヅラして、忠告などしていると、「屈折した心」の持ち主が、時を得て、力を蓄えて
いつの日か、当人から、今、流行りの「倍返し」の憂き目に会いかねないのだ。
「傷ついた女心には、忘却という言葉は、無いのだ!」と、心に刻んだ次第である。


<<2015年1月2日>>

   アンドレイ・ルブリョフ「聖三位一体」

「アンドレイ・ルブリョフ回想」
2014年、年末、久しぶりに正月の合間を過ごす為、
「たまには、観賞用ビデオでも借りてみよう」という気になって
近所のレンタルビデオ店に立ち寄ることになった。
棚を漁っていたら、「アンドレイ・ルブリョフ」の文字が
目に飛び込んできた。
昔、モスクワに出張した折、現地の美術家同盟の職員が、
モスクワ近郊の街、ザゴルスクにあるセルギエフ修道院へ
案内してくれたことがある。
あの世界の最高峰といわれる15世紀のイコン画家、
アンドレイ・ルブリョフをはじめとする聖像画家達が
描いてたという壁画の前で、
特に、ルブリョフの最高傑作といわれる「聖三位一体」について
熱い説明を語ってくれたことを思い出した。
作品は、現在、モスクワのトレチャコフ美術館に移管収蔵されて、
今尚、この美術館のメイン作品のひとつとなっている。
イコンについては、その頃かなり興味を持っていた。
当時、日本におけるイコン研究の第一人者であった濱田靖子さんの
話なども伺い、又、彼女の
他のいくつかのイコンに関する著述書を読んで
一応の理解をしていたと思ってはいたのだが、
ウスペンスキー寺院をはじめ、ノブゴロドの寺院などでも
数え切れないほどのロシア正教徒の聖像画家達が描いた作品を
暗い収蔵庫の中でまじかに、手にして見たり、
荘厳なミサの最中に、頭巾を被った婦人達が、祈りながらイコンに
優しく口吻する姿を見るのは、
布教活動が制限されたソビエト連邦時代にあっても、その空間だけは、
はるか14~5世紀の悠久の時代に完全にタイムスリップしてしまった
ような錯覚に陥り感動的であった。
その時に選品選抜した14世紀頃の大きな板絵イコン他をメインとして
当時勤めていた画廊の企画で、(おそらく日本で初めて
本格的に紹介した展示会と理解しているが)200点を超える作品で構成された
「ロシア・イコン展」を開催し、新聞各紙やテレビニュース
などで大きく取り上げられた。
会場が、オープンすると、初日から息せき切って
飛び込んで来たお客がいた。
「あ、、、あの~・・・コイン展の会場は、どこですか?」
「はあ~?・・・・」「コインです。コイン。ここに書いてあるコイン・・・」
看板をよく読んで途中でその客が気が付いた。「イコン・・・・何だ!これ?」
又別の客が、飛び込んできた。「インコは、どこにいるんです?
私、インコを飼っているんですが・・・・」「・・・・・・・??・・・・」
当時の多くの日本人には、一部の美術通やカソリック教徒などを除き、
「イコン」という言葉すら聞き慣れなかった時代の話です。
私が敬愛する、故・安徳 瑛とは、当時知り合ってから
間もない頃であったのですが、
この企画に大変興味を抱いていて、私が舌を巻くほどイコンについての
巾広い知識を持っていることも分かり、大いに意気投合しました。
しかし日本の多くの画家は、かなり高名で大きな賞歴を持っている美術大学教授クラスの人ですら、
頓珍漢な知識や偏見しか持ち合わせておらず、私はかなり落胆いたしました。
先のビデオ映画の中で、ルブリョフは、高名なイコン画家グレクとの
口論の中で、無知な人民の愚かさを前にして、神に対する畏怖の念
によって信仰が支えられるので自分達イコン画家は、神のために
描けばよいのだと主張するが、
ルブリョフは、無知な人間でもただ神を怖れさせる事ではなく、
未来への希望を目覚めさせるようなイコンを描くべきであると主張する。
兵士に強姦されそうな女を救うために殺人まで犯してしまうルブリョフ。
無言の勤行を続けるなどして苦悩するルブリョフは、やがて力を持たない
ひとりのちっぽけな人民である鋳物師の息子が、大公からの命令を受けた
鐘造りに苦しみながらも成功したことで、自分のなすべき仕事
(イコンを描く)に目覚めていく。
2015年、近頃、富める者と富まざる者との格差が益々拡大して来ている
事に加えて、多くの災害や原発事故等などをはじめ
精神的苦痛と経済的貧苦で悩む大勢の日本国民達に
アベノミックスの第3の矢である「成長戦略」が、
ルブリョフが希求したような明るい未来像を描くことに
本当に繋がっていくのか、その真骨頂が
試される時がいよいよ始まろうとしている。

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